大和川川渡り

大和川川渡り

クライマックス そして川は蘇る

江戸時代の浮世絵「浪花百景」に、浪花の人々に愛された「住よし大和橋」が描かれています。紀州街道に架かる公儀橋で、当時のお渡りでは、神輿と数百人が手に松明を持って、この橋を渡る一場の名舞台 となっていました。この松明は遠く明石の地から見えたそうです。

現在では、この大和橋の眼下・川中に100メートルの祭場が設けられます。神輿の担ぎ手は、「ベーら」が飛び交うなか、熱い砂を踏み、水を蹴り上げ、何回ともなく神輿を差し上げ、あらん限りの力で祭場を駆け抜けます。大阪側のクライマックスです。

大阪側から堺側に采配と神輿が引き渡される頃、安立町・大和橋の 遥か西の彼方、ちぬの海に夏の夕日が入ります。

祭は、300年前から大和川の水と親しんで栄えてきた浪花の住民の生命に潜む遺伝子の荒ぶる喜び、そして大和川を再び清い水に蘇ら せんと願う祈りの姿に見えると言う人もいます。

住よし大和橋

住よし大和橋
大和川川渡り
大和川川渡り
大和川川渡り
大和川川渡り